2019年 08月 22日
幕府衰亡論26 |
扨慶應元年九月英佛米蘭四國は軍艦九艘を摂津の海に進め、京都は騒然となる。四國の公使は江戸では拉致があかないので、大坂城へ乗り込んで直に将軍家家茂公に談判をする。
攘夷を命ずる朝廷との板挟みで、幕府存亡の秋となるのだが、此の期に及んでもまだ幕府の重役連は口先でなんとか逃げられるのかとでも思っていた様だ。福地桜痴先生はじめ、御直参旗本の大方は歯軋りをしながら葉隠に徹して、じっと我慢をしていたのだろうが「なんとかなるさ。」という御気楽な連中が上役のご機嫌を結んで出世する。この辺り150年経ってもあまり変わっている様には見えない。
K君M君は同期で市役所に入り、職場での最初の心得が
仕事をさぼるな
仕事をするな
今日できる事は明日やれ
だったそうだ。真面目な両君は言われた通りに仕事に励み、収入役にまで出世するが、区長の頃、直に談判に及んだ某住民組織のおばさん達は、
やります、やります、必ずやります。
と追い払われて、いつまで経っても要望は実現せず、そのうち某君は転任、後から来た区長はそんなこと聞いていないとのこと。
これは彼一人の知恵ではなく、徳川幕府がこれと同じことを英佛米蘭四國を相手にやっていたのだ。大河ドラマで家茂公が崩じ、篤姫が泣き崩れるところはやったが、なぜそうなったのかの説明がなかったのは、今日に至るもお上のなさりようは全く変わらない方面へ話が行ってしまうからだろう。
日米和親条約の頃には年貢の上に胡座をかいて居れば消費税なるものも必要なかったが、開港開市となると関税が登場する。日米和親条約の頃の関税は異人が日本を捕鯨船の炭水補給に使おうと考えていた様だが、これも開港開市延期などと行っているうちに、彼らの思いのままになってしまった。
仕事をさぼるな
仕事をするな
今日できる事は明日やれ
という、何もしないで給料をもらうのが仕事、という人々をなくせば、10%と言わず、消費税など無くてもよかろう。
190823
さて米国では南部征伐のために黒人を兵士にしたが戦に勝ったため、元治元年に奴隷解放となったが、それまで250年間に1,000万人が奴隷狩りにあってアフリカから輸入されたそうだ。奴隷は家畜の様なもので、奴隷の子は奴隷なのだが、前大統領夫人のミシェルなど、英国貴族の御落胤だそうな。
あちらは黒人と白人の様な人種の違いがあるが、日本にも穢多非人と呼ばれる人々がいて、差別を受けていた。長州藩では戊辰の戦に穢多非人を使おうと考え、
戦に勝ったら非人の身分を無くし、平民に取立てよう。
との甘言を以て兵士にした。明治になって戸籍が改まると、そこには非人ではないが「新平民」とあり、何も変わらなかった。
米国の黒人はその後大統領を出すまでになったが、米国の国体が奴隷制経済の上に成り立っていることは今も変わず、メキシコ以南からの「密入国者」が黒人の代用品となっている。そうした人々がいないと米国経済は成り立たないのだ。
穢多非人はそうした経済基盤をなすものではなく、
言う事を聞かないと非人に落とすぞ。
という、一般平民への脅しに使われたのは、狭山事件に代表される冤罪事件を見ればよくわかる。このごろ民放テレビでは広告収入が減って
警察官も人の子
という警察のコマーシャルドラマを連日流しているが、人の子と言っても
仕事をさぼるな
仕事をするな
今日できる事は明日やれ
という公務員なので、犯罪解決能力には限りがあり、これが冤罪事件を生み出すのだろう。
27 26 25 24 23 22 21 20 19 18 17 16 15 14 13 12 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1
by dehoudai
| 2019-08-22 18:39
| ほん
|
Comments(0)