2012年 10月 06日
裸の王様 |
日本国は吉田茂さんの頃から米国の「経済的植民地」かつ「文化的植民地」かつ「政治的植民地」かつ「憲法学的植民地」という「独立国」なので、宗主国の核戦略について、「日本側からどうこう言うことでは無い。」のです。
何故ここまで付け込まれるかと言うと、我が国には
俺の言うことを聞けという言い回しがあります。言っていることを良く考えて「それは正しくない。」と「言い返す」と怒り出すのですね。なおも言い続けると「頭おかしい」と病院に入れられちまいます。俺の言うことを聞けというのは、
俺のいう通りにしろと言っているのでありますが「命令」の責任を回避するという、真に卑怯な言い回しです。そのためこの国の人間関係には「俺がお前の言うことを聞くか、お前が俺の言うことを聞くか」という、上下関係しか無いのであります。テレビのお笑いショウの掛け合いもそうした「いじめの原理」を注入する仕組みです。そして
想定能力 accountability
対応能力 responsibility
補償能力 liability
を磨く代わりに、猿山の猿よろしく頭の取り合いをして、入学試験と採用試験で持てる力を使い尽くした人々が「責任者」となり、
俺の言うことを聞けとやるのであります。学校でのいじめが無くならないのも、いじめられた方のケアばかりで、いじめる方のケアがさっぱりなのが原因です。なぜいじめる方のケアができないかというと、学校の先生も
俺の言うことを聞けという側なら、文部省も
俺の言うことを聞けという側だからです。こっちの側を徹底的にケアすれば、いじめは無くなり、原発も無くなるのです。責任者と言っても
想定能力
対応能力
補償能力
のいずれも持ち合わせていない人々なのですが、しくじって追いつめられると、腹を切って逃げちまうのです。
by dehoudai
| 2012-10-06 08:42
| にゅーく
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