2017年 07月 27日
58° |
58°第十四任総統副総統就職金門高粱酒
でございます。桃園国際空港で臺幣が500元ほど残っていたので買ったもの。58°と言うのが1958年8月23日から10月5日に470,000発の砲弾が撃ち込まれたという激戦を物語っていて凄いです。初代女総統閣下がお召しになるかどうかは判りません。
砲弾で作ったという金門包丁は今では高価なものでしょう。
金門高粱酒で思い出したのは骸骨じいさんでした。じいさんの骸骨はヴェトナムの大地というより、金門島の洞窟陣地か、浜辺に埋まっているという方がそれらしくも思われます。
そうであれば中華民国の國民英雄であるはずなのですが、ゴム草履を履いたじいさんの裸足の足は、國民英雄という感じではありませんでした。もしかすると外省人兵士を守るために、弾除けに使われた、ということだってあったのかもしれません。
金門砲戦というとこの1958年の国共内戦最後の戦闘ですが、1949年にも古寧頭戦役と呼ばれる金門島上陸阻止作戦があったようで、この時に現場の指揮を執ったのが、元大日本帝国陸軍中将根本博さんなのだそうです。そのため根本さんは中華民国陸軍第5軍管区司令官顧問ということになっていますが、中華民国陸軍中将というのは叙任されたのか、中将待遇であったのか、判然としません。赤魔と戦うために密出国、以徳報恩に謝する雪中送炭ということです。
冷戦時代の旧帝国軍人というと、辻政信さんがありますが、あちらは謀略の人、こちらは指揮官先頭みたいな、58°の似合う人かもしれません。革ジャンの写真がいかにもです。
白団
中村祐悦
芙蓉書房出版 1995
白団も軍事顧問団みたいなものでしょうが、白団に限らず、軍事顧問団ナルモノには物陰に隠れて悪いことをする、という雰囲気があります。湯将軍も大方「領民不作兵」という言葉はご存知ありますまい。
それにしても湯恩伯さんが京滬杭警備総司令だった折、浙江省政府主席の地位にあった陳儀から共産党への内応を密かに持ちかけられたそうで、後に陳儀に殺された台湾の知識人にしてみれば、開いた口が塞がらないことでしょう。
まあ中国の伝統からすれば、戦争も「銭儲け」であり、国家など信用していたら、命がいくつあっても足りない、というところです。
敗戦後の大東亜共栄圏をどうするか、というわけで、植民地は面倒だから名目独立国にしておいて、法的・文化的・経済的植民地にしよう、という米国の意向に沿って、各地に土民軍の首魁が立てられます。
吉田茂さんは言われる通りに日米地位協定にサインをして合格。回ってきたお鉢を引っ掴んだ岸信介さんは歯茎まで見せびらかすお追唱笑いで合格。 蒋介石さんはどうしようもないから今回は中国は諦めよう、などと言っているうちに朝鮮戦争が始まり、仕方がないからあれを使おう、ということで首の皮が繋がりました。戒厳令38年というのは世界記録のようです。 イパクサは国民に評判が悪く、高木正雄さんと交代。高木正雄さんは産業近代化はしたものの、社会の近代化には手をつけず、社会構造は王朝時代に逆戻り、所得格差は広がるばかりです。 そうこうするうちフランス兵が逃げ出して、グエンバンチューさんが拾われましたが、米国にとって国民の支持がない軍隊を支えるのは大変でした。 どうも植民地土民軍の首魁というのは暴力団の親玉みたいな人が多いらしく、グエンバンチューさんなど麻薬取引の元締めだったようです。サイゴンの旧大統領府には阿片の煙の向こうから麻雀の音がする、という一室が展示されています。
フィリピンに至っては「強靭な経済と国内産業の工業化」がマルコス大統領の公約でした。 しかし増えたのは人口だけで、未だに国内産業のトップは造り酒屋。鉄道・道路といったインフラ整備などはおんぶに抱っこで、日本国民の税金が国内の国策企業に流れ込む際のおこぼれ頂戴です。
フィリピンに至っては「強靭な経済と国内産業の工業化」がマルコス大統領の公約でした。
いくら世界一ピストルをぶっ放す大統領が「麻薬に触った奴は殺す。」と息巻いたところで、強靭な経済と国内産業がなければ就職先もない、という経済構造が日米などにしゃぶられています。
そして困ったことにアベシンゾーくんとそのお取り巻き連は、頭の中身がこの辺りの方々と同じく、1950年代とお見受けします。
170730
そして驚いたことには、ミンダナオ島では麻薬組織への襲撃で市長さんが殺されると、まあ今も変わらないのであります。
1990年代半ばまで、台湾の地方議会の議員さんたちは半分が黒道の親分衆だったそうですが、今はどうなんでしょうねえ。
by dehoudai
| 2017-07-27 18:34
| きせつ
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