2017年 05月 20日
住民主主義 |
目が覚めてから頭が覚めるまでの数秒間は、I/O負荷のないままに脳細胞が爆走する「邯鄲の夢」タイムでございます。先ほど頭に浮かんでいたのは「住民主主義」という言葉でした。これは結構面白そうです。
頭が覚めてから考えると、思い浮かんだのは元国立市長への最高裁の判決であります。あれはどうも住民主主義的な判決ではございません。国立は「歩道橋闘争」で有名な住民主運動の盛んなところなので、首都圏の国土計画・都市計画が無いのを70年以上に亘って放ったらかしのまま、江戸時代さながらの立体長屋を作り続ける、補助金まみれの建設会社に、盾を突くやつへの見せしめでございます。
ウィグル自治区住民への北京政府の攻撃も住民主主義とは申せません。自治なんて言葉もいかがわしい実情を覆い隠す言葉なのでしょう。
チベット併合が住民主主義的だったかどうかも怪しいものであります。祭政一致の国が近代化するのに手間取ったのでしょう。
自由民主党も自由民主主義党だったのは宇都宮徳馬さんぐらいまでで、今や米国のポチをやりながら「美しい国」などとおっしゃる、赤尾敏先生のような右翼人士が右往左往しております。
マイカ・ホワイト君など99%主義者が政党を作ろうと言い出して5年以上になりますが、二大政党制の下で政党を作るのは大変なようでざいます。住民党というのも作るのは難しいでしょう。
by dehoudai
| 2017-05-20 04:41
| まちづくり
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