2017年 04月 18日
天狗よ |
百瀬明治
文英堂 2001
民草が「どのように天狗を信じてきたか。」という民俗論ではなく「日本国にとって天狗とは何ぞや。」という精神史の正論。
仏教以前にも「異界」はあっただろうが、仏教によって前世(異界)ー現世ー来世(異界)という構造化が行われた。
飛鳥時代から奈良時代までは怨霊あるいは御霊を恐れて遷都が行われた。平城京から長岡京、平安京への遷都も早良親王(785没)の御霊を恐れてである。
御霊は支配体制が整うにつれてアウトローと化し、自己閉塞的な鬼となる。
12世紀ごろ成立と言われる今昔物語で、大陸では流星を指す「天狗」が、日本独自の魔妖ではあるが、狐狸に近い格下の存在として流布した。
「後白河院は日本一の大天狗」などと揶揄される。
鎌倉時代より修験道と結びつく。
といったところか。
秋葉山は奈良時代初期に贈正一位であり、三尺坊は戸隠で修行、白狐に乗って飛来したそうだが、「阿多古」という地名について、参考になるようなことは書かれていなかった。それ以降は概ねテレビでやっていた「とんま天狗」みたいなところか。
滅亡に向かって行進する将軍様の一行を、事もあろうに幕府公式浮世絵にしたのが、つまり川鍋暁斎による文久31863年の「御上洛東海道」だが、天狗の本場遠州秋葉山では「将軍様なんかどーでもいい。」と、天狗諸君は酒盛りをやっている。「アベクンはトランプ君・キムジョンウン君と遊んでればヨイ。」という現下の国際情勢と似たようなものか。
小生と天狗との関わりはというと、中学時代に英語を教えてもらった齋藤謙三先生が、水戸弘道館の筋なので、武田耕雲斎の天狗党にも些か関係があるというぐらいだ。
by dehoudai
| 2017-04-18 16:58
| ほん
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