2015年 08月 11日
家在高士2 |
靖国神社が再建されたのは屏東県牡丹郷高士村野牡丹神社公園内だそうだ。
中央通訊によると
屏東高士村重建神社、日神官出錢出力、日本李登輝之友會的會員の神職、佐藤健一さんという方が尽力されたようだ。佐藤さんのブログを見ると「終戦の日に間に合わせたかった。」とのこと。
高士長老教會牧師祝禱、學童唱祝歌、排灣族巫師昭告祭等もあるそうで、八百万神総出演という感がある。
日本の新聞がこうした書き方をすると、日本の読者は明治政府が欧州から輸入した「皇国」という一神教にもとづいて「全村あげて、反対するものは村八分、と想像するかもしれないが、台湾人はもう少し健全な多神教感覚を持っているかもしれない。
李登輝さんは若い頃、老後は山へ入って、山の人々を救うキリスト教の牧師になりたい、とおっしゃっていたそうだが、兄上の眠る靖国神社へも行く、というわけでそれほど一神教でもないようだ。
「寺廟整理」や「正庁改善」で信仰を奪われ、位牌まで破却された台湾人の、痛みの分かるものの優しさに甘えている部分もあろう。そう考えると無邪気なものだ。
私にとって萩の招魂社であれば障りはないが、靖国神社は国民統合の象徴ではなく、国民分断の象徴であるような気がする。原住民族人にとっては「近代国家=大日本帝國」なのだろうが、族人にとっては伝統的な戦争であった「牡丹社事件」をも、近代国家は最大限に利用したのだ。
天照大神=日本列島のエコシステムに感謝しよう
宇迦之御魂神=食べ物に感謝しよう
という古来の神道は、族人の信仰とも似ているのではないだろうか。ところがこれに「創造主が王を任命」という19世紀欧州のカトリック帝国の仕掛けをパクって「日本は神国」としてしまった国家神道はいかがわしい。その辺りを論じた久米邦武先生は東大を追われてしまったが、裏事情を知っていたのだろう。
GoogleMapで高士村を見てみよう。 建物が木造ではなく、RCかCBという違いはあるが、春野町の山の上と同じようななものだ。 向かいの山から見てみようとしたら、StreetViewは「軽トラック以外お断り」みたいな道をかき分けてゆく。GoogleMapは族人の住むところでは族人の運ちゃんを使っているのだろう。
OfficialMVで少女の放つ弾丸はどこへ向かうのだろう。
by dehoudai
| 2015-08-11 22:33
| まちづくり
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