2015年 05月 19日
ハノイで見たこと |
週刊朝日1968、 赤旗日曜版1968
松本清張全集34 文藝春秋1974
全集には「半生の記」と言うのも収められている。家尊より5歳下なので、大正の終わりから終戦まで、一番悲惨な青春を送った世代だというのが解る。
「ハノイで見たこと」は1968年4月、ジョンソン大統領による北爆停止の発表に、居合わせた時のルポルタージュ。現場の様子が伝わってくる。その頃
日本では反戦フォークというのが流行っていた。
Vietnam
Under The Sign Of the Blue Dragon
Françoise Jarlov
Rvages lointains 2004
という、絵本(大人用)を広げてみた。ちゃんと読まずに捏ねてあったものだ。読んでみると東アジアの水田稲作地帯、というくくりで、私などの子供の頃の、日本の田舎との共通項が多いことに驚かされる。表題からして「青龍の地」みたいなものだ。
昔話、伝説といったものも日本独自のものと思っていたものが、おそらくは大陸伝来のものであろう、同じものもある。
砂糖棒をローラーで絞って、ジュースを作って売っている、などさもエキゾチックに描かれている。
しかし砂糖棒は私など子供の頃には、普通に売られていた田舎では貴重な「甘いもの」であって、エキゾチックの立場が反対側になってしまうのが面白かった。
著者は「四君子」「十牛図」なども描いているが、伝統的コンテクストを知っているのかいないのか、おそらく知らないことがエキゾチックということだろう。
オレがフォーをおごってやるよ。
と言うのだ。
悪いから俺が出すよ。
と言うと、
バカ言え、金が無けりゃ仕方がないが、今日は金が入ったから、たまには俺におごらせろよ。
みたいな、成り行きだった。
老板、老板、
とか何とか広東語だか潮州語だかで呼び止められるし、歳の功でエキゾチックに出会うのが難しくなってきた。この分では河内に行っても順化に行っても西貢同様、エキゾチックではないかもしれないが、その代わりに昔への旅、となるかもしれない。
松本清張描く昭和20年代30年代の日本は、そうしたエキゾチックな世界が魅力だ。成島柳北や植木枝盛の幕末明治も、なかなかエキゾチックで面白い。
御一新で上手いこと日本が文明開化に成功したのは、フランスがヴェトナムで手こずっていたからで、それがなければ下関戦争の多国籍軍は、長州になだれ込んでいただろう、とは読んだことがあったが、ハノイの人に言わせれば蒙古が日本をしくじったのは、台風のせいではなく、日本へ行く前にヴェトナムでひどい目にあっていたからだそうな。
by dehoudai
| 2015-05-19 23:58
| ほん
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