昨日行ってみたのは南伊豆町吉田。下賀茂からマーガレットラインへ抜ける136号線の、妻良へ降りる峠の手前に「吉田」という案内が出ている。そこを1里ばかり降りたところだ。17戸のうち7戸がばあさんひとりだそうだ。
1971年10月25日にここへ泊まったことがある。1962年に伊豆急が開通し、民宿ブームが頂点に達した頃だ。伊豆急開通後に道路が整備されるまでは、踏み分け道しかなく、物資輸送は船に頼っていたそうだ。
白鳥神社は柏槇の森に囲まれている。柏槇というと白い骨のような木肌を磨きたてた盆栽などで見るのが普通だが、これが本来型だ。
大瀬崎にもある。
吉田というから、米が取れる、というのが自慢だった時代もあるのだろう。しかし海沿いの、かっては田んぼだったかもしれない辺りは、今では茅の原になっている。それだけではなく、今年は山まで赤く枯れている。先日の大風18号で塩を被ったのだそうだ。「刈り入れまでに台風が来なければ、吉田。」という暮らしを古くから続けているのかもしれない。浜には船小屋があったが、漁船がFRPになり、防潮堤が整備されて船小屋はなくなってしまった。
浜は砂ではなく、2尺3尺までの大きな丸石で埋まっている。水着がなくて、ふりちんで泳いだ。人出があった頃は海の中もきれいにして、海苔が取れたというが、今では手入れをしなくなって海苔も取れないそうだ。
ばーばらはアロエをやっている。乳母車ほどの台車一杯1,000円だそうだ。それも毎日集荷に来る訳ではない。
野菜は畑で採れる、若者みたいに肉を食うわけでもない、AEONまで買い物に行くとタクシーが6,000円なので、2-3人で誘い合わせて行く。
バブル崩壊にもかかわらず、電力消費はバブル前の1.5倍というが、ここの暮らしはバブル前よりもさらに省エネで、エコで、幸せそうだ。後ろからあおり立てられるように、消費が拡大すればするほど「飢え」の深まるのがよくわかる。
1971年には画面の右手辺りの家に泊めてもらったと思う。画面左には立派な板倉が建っていたが、今風の住宅に変わっていて、石垣だけが残っている。
技術の進歩は人体の退化、感性の退化だろう。在来技術の退化の始まりは。戦時木材統制令の準備として、関東大震災の後で制定された筋交だ。現在まで正されないでいるナンセンスである。
向かいの家の石垣。石垣には地震よりも植木の根っこのほうが怖い、というのがわかる。
石垣のずれているのは関東大震災というより、安政の大地震のものではなかろうか。いやこの割れ目自体地震のものではなく、植木のせいかもしれない。
ばーばらは「死ぬまで元気でいりゃあ、それで良い。」と至って幸せそうだ。しかしこれで地震でもあれば、先年の大島噴火の際のように行政の都合で「他人に迷惑をかけるでない。」と本人の意思とは無関係に、死なしてはもらえないのだろう。
こちらは一条の吉田さんのお宅。吉田へ行ったのは、吉田さんにお会いしようと思って、時間が余ったからだ。吉田さんは
無くなったこと〒415-0301静岡県賀茂郡南伊豆町一条648吉田謹治私家版 2010
無くなったこと
という、優れた自分史を書いておられる。町立図書館には、伊豆急開通と共に夏休みに押し寄せてきた各大学の学者先生の、南伊豆に関する研究がごちゃまんとあるのだが、何れも「土人が裸で踊りを踊る」式の、上から目線の研究だ。学者先生は白人キリスト教徒の研究手法が真理への道だという、100年前の文明開化から自由になれない。
これと対照的に光っていたのが吉田さんの自分史だったのだが、それを申し上げるとこんな本もあります。
ということで
南伊豆の聞き書き知ってんけえ〒415-0301静岡県賀茂郡南伊豆町一条88ききがきや
という本をお預かりしてきた。これも目を通したらお寺へ持って行こう。南伊豆では60歳までは子供、60代が「若いもん」なのだそうだ。
建物も似たようなもので、完成した時は子供、それから色々と学んで一人前の建物になる、というようなことをStewart Brandtが
How Buildings LearnStewart Brandt
Viking Press 1994
で言っている。ローンが終わったら建て替えてください、という現代日本の住宅は、建物というより、「産業廃棄物の原料」というべきではなかろうか。廃屋を模したアパートが「魔女の館」と名付けられて人気だというのも、アイロニカルな時代を表している。
魔女の館で暮らす?
住む人のための家ではなく、ハウスメーカーの利潤のために「一生かかって家一軒」という人生を送る現代日本人は、吉田のばーばらより幸せとは見えない。
国連では「今世紀中に化石燃料を使わない暮らしにしなければ、地球は滅びる。」みたいな報告がされているが、吉田はローエネルギーの聖地だ。
無くなったもの
入間
長八の宿
あの頃への旅あのころ
工業文明の崩壊
小型化・分散化・手作り1