2013年 12月 10日
前線 |
福島に出現した「荒野」に、地元民が潮干狩りよろしく這いつくばって「除染」をやっているのを見た人がげんなりしていた。
「除染」であって「無毒化」ではない。「中間管理施設」の話は報道されるが「最終処分施設」の話は無い。最終処分技術が無いからだ。
これまで巨額の国費を投入して来た「夢の核燃料サイクル」は頓挫し、今の所の核廃棄物最終処分法は、核戦争しか無いのが現実だ。元々原子力発電は、冷戦時代の核兵器の原料精製の副産物だからだ。
それにもかかわらず「インフラ輸出」と称して、原発の輸出を続けようという者がいる。東電事故から、最終処分まで含めれば、原子力発電程高くつく物は無い、と学んでいない。
実はエネルギー政策なんてどうでも良くて、原子力発電所建設に関わる国内の国策企業に、国費が還流して行けば、それで良いのかもしれない。
被災した主権者を、潮干狩りよろしく荒野に這いつくばらせるのも「日当を出せばいいんだろ。」という、同じ目線だ。
秘密保護法ナルモノを作った所で、国連安保理事会常任理事国になれる訳でもなく、ポチよろしく尻尾を振っても、エシュロンシステムの仲間に入れてもらえる訳でもない。
それにもかかわらず、秘密保護法の制定を急がなければならなかったのは、統治機構が財政赤字の蟻地獄でもがき、主権者が到底受け入れ難い、支離滅裂となっているからだろう。
国が滅びつつある。
by dehoudai
| 2013-12-10 12:35
| きせつ
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