2013年 01月 18日
合祀反対意見 |
熊楠先生が反対された明治政府の合祀には、底意があったかもしれないが、並殿だった浜松五社神社と浜松諏訪神社が空襲で焼け、国宝建築物の復元ということで、地祇である諏訪神社が天神たる五社神社に合祀されてしまって現在に至るのは残念だ。
諏訪大社が何かということについて、諏訪神長館の展示からは、天神地祇というよりも、大陸からの進駐軍たる水田稲作民族の神と、それ以前の原住民の神、と考えれば解りやすい。
しかし市民は諏訪神社なぞよりも市民会館を歓迎して、諏訪神社の敷地を接収してしまった。今では市民バンドの練習室として愛用されているらしい。諏訪神社の面影として今に残るは背部の石垣のみだ。三代将軍家光公の代のもので「出世城」である浜松城の石垣に較べ、はるかに立派なものだ。
しかし永年放ったらかしでゆるみが来ており「危険近寄るな」と黄色いロープで囲われた有様。民草に信心が無く、怪しげな新興宗教に金が集まる昨今、諏訪神社再建は無理としても、石垣くらいは何とかして欲しいものだ。
by dehoudai
| 2013-01-18 13:58
| まちづくり
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