2011年 11月 16日
時間窓口 |
愚息が結婚するというので、本籍がなんたらかんたら、という手続きをしに区役所へ行った。
帰りがけ、隣の窓口の前を通りかかると、順番を待つ大勢の人の目が一斉にこちらに向けられる。そのなかからさっと一人が私に近づいて来て、「そこに座わんなさい。」強引にベンチに私を座らせると、膝の上にのしかかって来る。殆ど裸と言って良い網タイツだ。あれは裸と同じなのだが、一応裸では無い、という方便の様なものだ。見ると顔を知っている飲み屋のオバサンである。確かこの人は初めて連れて行かれたとき、既に私より年寄だった記憶がある。それが今日は30を少し廻ったという押し出しだ。「今度何時来るか、約束するまで放さんからネ。」と飲み屋の営業を始める。一緒に来た妻が向こうを通り過ぎながら、ものすごい視線をこちらに放って出口に消えて行く。これはいかんとげんなりするのだが、確かフィリピン人だとか言うオバサン、今はオネーサンはしつこい。適当にあしらいながら廻りの様子を観察すると、どうもおかしな節が見受けられる。ここはどうやら外国人の在留許可期限の書き換えをするところらしいのだが、窓口の順番を待つ人の、一人一人に流れている時間が違う様なのだ。どんどん老けて行く人もいれば、逆に若返って行く人も居る。そうおもって膝の上に乗っかった飲み屋のオネーサンを見ると、さっきより更に若くなっている様だ。ひょっとしてこの人は私から時間を吸い取っているのかもしれん、と気付いて、あわてて膝の上から振り落とすと、出口へ向かって逃げた。
外の通りを急ぐが、既に妻の姿は見えない。しばらく歩くと前の方にえいぢ君が増田さんと、入ったことのあるカフェに消えるところが目に入った。少し話をしてやろうと後からついて行く。黄色をアクセントカラーに使った店内の、大きな窓際のソファーに落ち着いた二人を良く見ると、えいじ君の相手は増田さんでは無くて、顔は知っているものの、それ程話が通りそうでも無い別の人だったので、軽く会釈をして店を出ようとした。出口に商品台があり、おもちゃが並んでいる。スズの鋳物で出来た磁石がある。北辰儀ではなく、指南儀になっているらしい。蓋を開けるとキラキラ光る満天の星が四方に散ってから、「南はこっちです。」と言わんばかりに少し動いて、その先に南十字星が現れるもの。外国の港で使っているらしい魚を入れる桶の蓋を取ると、魚の骨がくるくる回って南を指すものと、しゃれたデザインの磁石が並んでいた。
その横にあったのはオルゴールなんだが、1920年代のモダンデザインといった、上蓋の開くライティングビューローを模した箱を開けると、その頃のシャンソンが流れ、箱の中のデスクマットを模した、黒いラシャ紙が動いて、当時のデザインだろう、タイプライターのミニチュアが現れる。シャンソンにつれてタイプライターは箱の底に沈み、今度は「オリエント急行で訊ねるヴェニスの旅」の思い出の品が現れる。切符やら観光パンフレットやらが小さなミニチュアになっているのだ。目を近づけても字が小さすぎて読めないのだが、それ以前に全てフランス語なので、読めたところで意味は解らないだろう。パリが華やかだった頃のシャンソンを聴きながら、戦間期の贅沢な暮らしを思わせる様々なものが、ミニチュアになって次から次へと箱の中に現れては消えて行くのだった。
というところで目が覚めた。
「時間窓口」で解ったことは、人と会話をしていると、一人が時間を吸い取り、他方が時間を吸い取られる、ということが有るのではないか、ということだった。近年「ボケ老人」が社会問題になっているが、「誰も話しかけない」「誰にも話しかけない」というのがボケの大きな原因だろう。
ミニチュアに凝る人は多い。私も未だに50年前のマッチボックスのフェラーリF1を持っている。しかしずいぶん昔に金を出して買う、ということは止めてしまった。最近では友人に海洋堂のニコンF1を貰ったり、120円の缶コーヒーを買うと付いて来たフェラーリディノのミニカーがとってあるくらいだ。アンティークトイが人を引きつけるのと同じものが、住宅にも流れていることに気が付いたのもしばらく前だ。それ以来建替えに際してはそれまでの古い家から部材を引き上げて、新築住宅にはめ込むことが出来るときにはそうしている。
現在設計中の住宅はもう少し大掛かりだ。昭和11年、国会議事堂が出来た折に、本会議場の内装家具工事を受け持った会社が、浜松市内に有るのだが、クライアントの父君はその折の職人の一人だったらしい。その頃に目を付けていた用材が、戦後のどさくさにまぎれて放り出してあったものを引き取って、爾来60有余年、機会があれば使おうと思うままに時が流れ、内装特注家具も今では中国製造、という時代になってしまった。クライアントは自邸を建てるに際して、庭に山積みされた宮内庁向けの家具材を使ってしまえ、と考えているのである。色々と思い浮かぶことは有るのだが、重い。
by dehoudai
| 2011-11-16 10:26
| きせつ
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