愚息が結婚記念だと言って時計をくれたので、ワークデスクの後ろに掛けてある。正時になると「ゴーン、ゴーン」と古寺の鐘の様な音がする。音は古めかしいが、中身は今風の電波補正だそうだ。
英国の大西部鉄道から窓の外を見ていて、世界最古の「工業地帯」に並ぶ、古めかしい工場建築では、建物の中央を飾る大きな時計が目に付いた。それまで「日の出」から「日の入」まで野良で働き、寺へ通って年貢を納めれば幸せな人生が送れたものを、「これからはこの時計に従って働き、給料で生活しろ。」とそれまでの世の中がひっくり返った「国富論」の頃のものだ。
一神教世界に於ける「神の死」の始まりなんだが、永年多神教に親しんで「何処でどう祟るか、解りませんぞー。」という我々と違い、多年「創造主」の言うがままに暮らして来た人々は、神に代わる「絶対的真理」ということで近代科学を信奉し、「遺伝子操作」やら「核エネルギー」やらといった、何処でどう祟るか解らないものに手を出す愚に気付かない。
北イングランドの観光地ウィンダミアでは、夜になってから田舎町を濡れ鼠で宿を探し、「黒牛屋」なる旅籠に転げ込むと、通りの向かいが古寺だった。夜の9時になると、向かいの寺から「ゴーン、ゴーン」と湿っぽい鐘の音がした。彼の地では「入相」ではなく「就寝の鐘」を鳴らすのだ。人通りの絶えた通りを鐘の音が渡って来ると、寺の裏にありそうな墓地から、昔話の語り手が出てきそうな趣だった。