2011年 08月 09日
民主主義 |
何度住民投票をやっても、そんな金は出せない、というわけで以来10年に渡り揉み続けているのだが、見通しは立たない。今度の住民投票にしてもトンネルそのものへの「賛成」「反対」を問うのでは無く、市政府が州政府との交通政策についての協議を、初めて良いかに対する投票ということで、他所ものにとっては何のことやら良く分からない。
新聞には賛否両論が延々と掲載されてるのだが、これを理解するには市政府交通局による、これまでの議論の経緯に目を通さなくてはならない。これがまた膨大なもので、民主主義というのは何と手間のかかるものよと、実感するのみだ。
交通局の用意した「ステップバイステップガイド」に従って2008年6月に提出された「利害調整委員会」の「シナリオ案内」を見ると、これまで「500年に一度の地震に耐える」とあったものを「1,000年に一度の地震に耐える」と改めた、などというのが目を引く。
税金を納めたものは、誰でもその使い道を隅々まで知る権利があるという、というのが民主主義の大原則だ。交通局の資料ページに目を通すのも大変な労力を必要とするが、これを市民に広く周知してもらわなくては、予算執行は一歩も前に進めない。なるほどインターネット技術の始まりが行政資料の公開だったというのも、良く分かる。
2001年の地震ではマグノリアに通ずる高架橋など、高速各所に被害が出た。Pike Place の Soundview Cafeの窓際席は「空中席」であって、ここから下を見ると、近代土木技術の結晶という感じがする。しかしこれを信頼に足るものとし続けるには、結構な手間がかかるのだ。
by dehoudai
| 2011-08-09 13:11
| まちづくり
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