2010年 11月 08日
実録西部劇小劇場「馬鹿の本場」 |
ニールヤングに"Southern Man"という歌があるが、あれも南部へドサ廻りをした折に"Easy Rider"のラストシーンへ向かう様な話があって、ニール君がブチ切れて作ったそうだ。
どこぞの高速道路を走っていたら、"You Can Be An American. You Have To Born Texan"ー「米国人にはなれるけど、テキサス人は生まれつき」というバンパーステッカーを見掛けたことがある。「三代目から江戸っ子」みたいなもんだろうが、例外もある。ブッシュ43号はコネチカット生まれのくせに、テキサス人みたいな顔をしている。そこんとこどうなんだろう。
「99年の愛」ではこの悪役が442部隊のテキサス大隊救出劇にほろりとしてしまうのだが、現実には「ジャップは馬鹿だから、出来ることと、出来ないことの、区別がつかんのさ。」位ではなかったろうか。
私が筋金入りのテキサスの馬鹿者と出くわしたのも、ワシントン州の田舎だった。ポートランド周辺を見るのに、対岸のワシントン州キャマス・ワシュガルに宿を取ったのは、田舎町で見るところがありそうなのと、いまどきの住宅地と通勤を見ようと思った為だった。昔は川沿いの港町で栄えた様だが、船が大きくなり、港も大きな港が出来るのに従い、次第に寂れて、製紙工場とウールの織物工場だけが残り、通勤用住宅が増え、新しい工業団地にはシャープなどが入っている、という具合。日本の電話帳でも使われているイエローペイジの紙もここで作っているらしい。
商工会議所の向かいにある「キャマスホテル」に車を付ける。来る人も少ないので、3日間ホテル前に路上駐車だった。フロントを訪ねると、片隅の電話機に25セント硬貨を入れながら、話し込んでいる若者がいた。そのうち電話を向こうから切られてしまったらしい。フロントのホテルマンは部屋の鍵を私にくれると、置いてあった釣竿を取って、若者の相手に戻ったが、迷惑そうな顔だった。
ホテルの裏にはセサミストリートのフーパーさんの店みたいなやつも有った。かっては食料品も扱っていただろうに、今では寂れて洗剤と紙・鉛筆ぐらいしか無いガランとした店で、じいさんがしょんぼり番をしていた。仕方なしに州道沿いのセーフウェイで食糧品を仕入れることにした。
次の日の晩方、二階へ上がり際に、入り口で昨日の若者と目が合ったが、これはアブナイという「行っちまった」目付きをしていた。廊下のキッチンでベーコンをあぶり、ハムと一緒にサンドイッチにしてビールで流し込んでいると、食い終わらないうちにドアにノックがあって、若者がやって来た。
「入ってもいいか。」と聞くので、中に入れ、テキサスカウボーイズの帽子をかぶっているので、
「テキサスから来たのか。」といった話を始めた。こうした場合、早いとここっちのペースに乗せないと、話が面倒になる。一通り挨拶が済んで、
「どうした。」と聞くと、ブラッド君というこの青年、
「金をくれないか。」とえらく単刀直入だ。ここで追い出すと、夜中にキッチンナイフ、つまり包丁という線だと思われたので、
「いくら欲しい。」と先ず聞くと、
「100ドル。」と言う。拍子抜けがしたが
「話によりけりだな。」と含ませるると、ブラッド君の目から、少し血の気が下がった。
金額からして「大盗賊」ではないようである。
「何故?」と聞くと、
「テキサス州サンアントニオ郊外にある、牧場の息子なんですが、6月に結婚して、彼女と二人で各地を旅行して来ました。(このとき11月)ここまで来ると持ち金も少なくなって、働こうにも何のライセンスも無いので、最低賃金が時給5ドルのはずなのに、2ドル50セントの仕事しかありません。それも監督署に見つからないかと、びくびくしながらなんです。そのうち彼女が調子が悪いというので、病院に行ったらお目出度だと言われて、これ以上ここに居てもどうにもならないんです。兄貴に電話をしても、金は送ってやらないと言われて、、、100ドルあれば二人でテキサスに帰れるんです。」
「話は解った。私は君にお金を上げることは出来るが、君みたいな将来のある若者が、ここでそんなことをすると、一生後悔するぞ。君の為にも、奥さんの為にも、お子さんの為にもならん。それより君、何か売るものは持ってい無いのか。」とオヤジする。
「売るものと言っても何も持っていないし、、、」日本円しか持ってい無いことにしないと、夜中に包丁へ逆戻りだ。
「それはカウボーイズのマグと帽子だな。」
「はい。」
「今年はどうだい。勝てそうかい。」
「強いです。絶対勝ちます。」
「よし、ここら辺じゃ売ってない様だから、全米チャンピオンの帽子とマグで100ドルというのも、悪くないか。」
「お願いします。」
「僕は今そんな大金はドルでは持っていないが、ここに日本の100ドル札がある。これで帽子とマグを売ってくれたまえ。ただし、私の名刺を上げるから、カウボーイズが全米チャンピオンにならなかったら、金は返せよ。」
「はい、必ずお返しします。それよりカウボーイズは絶対優勝しますから、帽子とマグを大切にしてください。」15分後、再びドアにノックが。
「よし、じゃあ握手だ。」
「どうした。」翌日、向かいの銀行の開くのを待って両替に。奥さんは恥ずかしいのか、下を向いて視線を合わせない。
「すいません。彼女がこれを見て偽札だって。いや、100ドルじゃなくて日本の10ドルかなにかで、あんたは騙されているんだ。って聞かないんです。」
「何を言ってるんだ。本物だよ。日本の100ドルだから、米ドルだと95ドル位だけど。(今なら115ドルだ。福沢君に失礼ではないか。)うーん、しかし君が明日これを銀行で両替しようとすると、怪しまれるかもしれんなあ。よし、私が銀行まで一緒に行って、両替してあげよう。お金はそれまで君が持っていたまえ。」
「はい、でも今日は病院に行く日なんですが、バスだと時間がかかって。」
「いいよ、いいよ、私が送って行ってあげるから、待ってなさい。」なにせシャープの工場が有ったりするので、両替するのにパスポートは見せたか知らないが、何の質問も無かった。95ドルなにがしをブラッド君に渡すと、奥さんも乗せて市立病院の玄関で別れたのであった。
その年カウボーイズは優勝しなかったし、ブラッド君からの便りもない。しかし、いやー面白かった。ここまでの馬鹿者をたっぷり見せてもらったのだから、100ドルは安い。
by dehoudai
| 2010-11-08 18:45
| まちづくり
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Comments(3)
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kuunuu at 2010-11-10 01:30
情けなくて笑える話ですね。結局100は手に入れた。うまいこと日本人から金を巻き上げたとテキサスで吹いているもしれません。でも、有り金わたしちゃう人も多いんじゃないか? 土地にもよるでしょうが。
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dehoudai at 2010-11-10 10:09
まあブラッド君も相手が悪かったと言うか、子供同士でこうやって育って来たのでしょう。こちらは国籍を問わず、子供を育てるのは大人の社会的責任、と思っているので。もう少しねじを巻いておいた方が良かったか。
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dehoudai at 2010-11-11 09:35
キャマスは細江町の姉妹都市なんだが、街を歩いてもブラッド君のカモになる様な若者の姿を見掛けないのだ。